ロボットオペレータのブログ(その後)

アンカーマン・中村仁彦

前回の記事で紹介した「ロボットオペレータのブログ」は、7月5日の時点で原子力発電所での作業の内容に関わる記事が削除されていました。貴重な情報だったのでたいへん残念です。

原発事故の現場を管理する側から情報管理上の圧力が著者にあったとすればお気の毒です。ブログは、感情に振り回されず、落ち着いた言葉で、客観的で、主義や主張に偏らず、現場でしか分からない経験を情報として提供していました。技術者にとっても現場での機械やロボットの実態が分かる貴重な情報でした。

現場を管理する側の方へのお願いです。わが国全体からあるいは世界から注視され情報提供の責任を持っているにもかかわらず、原発事故に関する情報の透明性が確保されていない状況です。通常の職務上の守秘義務をもってひとくくりに締め付けるのではない対応をお願いします。

著者の方にお願いです。公開をはばかられるとしても是非「ロボットオペレータの記録」として残しておいてください。いつか時期がきて必要とされると思います。

twitter上で、roboticstaskforce での紹介があったので削除することになったのではないかという指摘もありました。インターネット上の特定の公開情報の価値を認める者が、その価値の故に意図的にその流布を止めようとすることは公開性の原理に反する行為である思います。

人には、情報の占有をパワーとみなし、パワーをもつことで優位に立とうとする深層心理があるのではないでしょうか。様々な情報に接する立場のグループの人たちが、秘密情報でない情報についてもグループの外に口を閉ざす傾向がある。今回のように公開性を明確に求められる状況においても、このような「美徳」が何十もの美徳のバリアになって情報の伝達を遅らせている。公開の意図的不作為は、目的はどうあれ行動として、この深層心理に屈服してしまうことではないでしょうか。

広告

オピニオン3部作のPDFはこちら

アンカーマン・中村仁彦

記事として投稿したオピニオン3部作のPDFを以下におきました。
印刷して読むにはこちらをダウンロード下さい。

0. タスクフォースの役割 2011.05.02

1. 中期的な原発災害対策に向けた指針 2011.06.18

2. 長期的な災害対策に向けた研究開発 2011.06.18


オピニオン:長期的な災害対策に向けた研究開発の取り組みについて(5)

中村仁彦・アンカーマン

(5)まとめ

安心・安全な社会の目標は災害や事故の起きにくい防災システムをつくることと、起きた場合の国民の苦痛と不安を最小にとどめる対災害システムを作ることにある。

対災害システムの開発には、これを実際に利用して日本全国の災害に備えるため自衛隊との連携が必要であり、先端科学技術の採用に伴う周到な訓練についても同時に行うべきである。このときに「防衛」と研究機関の歴史的な関係の精神を尊重しながらも、なお克服すべき課題もある。

一つの考えは、国が当初の設立を行い民間かNPOに運営を委託するかたちで「対災害システム高等研究所」のような独立研究機関を作ることである。独立研究機関は、大学でもなく完全な国の機関でもない性質を持つため、国のどの省庁の管轄下の組織であっても、また大学の研究者や学生であっても集うことができる。ここで大学等の研究機関の研究者が参加して先端技術を応用した対災害システムの研究開発を行うとともに、自衛隊や消防との連携を促し、先端技術を利用するための訓練も実施することができる。

対災害システムを完全に自由な市場原理だけで育てることは、わが国では困難である。フランスの例に習って、原子力発電を行う事業者や危険を伴う大規模な化学プラントもつ事業者がその規模に応じて災害に対する最先端設備とそれを使用する人員を自前で、あるいは共同で保有し、設備の維持管理と人員の訓練を日常的に行うよう法整備を行うべきである。このように市場原理の誘導に必要な多少のバイアスをかけることで、対災害システムを先端技術によって研究開発し、日常的に維持するための社会システムをもつことができる。

「対災害システム高等研究所」やそれを通じて開発される先端科学技術に基づく対災害システム、ならびにそれを使うべく訓練された優れた組織を持つことは、科学技術立国をめざすわが国の安心・安全な社会への取り組みとして、長期的に国民に支持されるに違いない。また、世界のどこかで必ず起きる大規模災害に際して、このような科学技術と訓練された組織をもつことは、わが国が科学技術と人的支援で国際貢献する名誉ある使命を担うことでもある。


オピニオン:長期的な災害対策に向けた研究開発の取り組みについて(4)

中村仁彦・アンカーマン

(4)民間の研究機関の設立

NASAの木星・土星探査機パイオニア、ボイジャー、火星探査機スピリッツ・オポチュニティ、土星探査機カッシーニ・ホイヘンスなどの研究開発と運営を行ってきているのはアメリカ合衆国が管轄し、カリフォルニア工科大学が運営する1943年に設立されたジェット推進研究所 (JPL)である。同大学のグッゲンハイム航空研究所のロケットプロジェクトが前身であり、アメリカ陸軍のロケットプロジェクトに関わった。

ロスアラモス国立研究所は1943年にマンハッタン計画に関わって設立され、現在ではナノテクノロジー、情報通信等を含む幅広い先端科学技術の研究所となっている。アメリカ合衆国エネルギー省の委託で、2005年まではカリフォルニア大学が、2006年からは同大学の他に複数の大学や民間会社も加わったLANS (Los Alamos National Security)という組織が運営を行っている。

リンカーン研究所は1951年にアメリカ合衆国国防総省によって設立されたマサチューセッツ工科大学 (MIT)の研究所である。空軍から打診が会った際に当時のMIT学長James KillianははじめにMITが研究分野を決定することを条件として、Project Charlesとしてスタートさせた。米国本土と北極圏のレーダ網の開発等を行った。現在では、小惑星の探索からホームランド・セキュリティまで広く研究を行っている。

ランド研究所は軍事戦略研究から民生公共政策・経済予測まで行うシンクタンクである。アメリカ空軍と、ダグラス・エアクラフト社が1946年に設立し、人工衛星の基礎研究を行っていた。」1948年に独立してNPOとなり、アメリカ合衆国政府の予算と民間の寄附で運営されている。人工知能、情報処理でも成果を上げてきた。

これらのように米国における軍事研究にかかわる研究機関の取り組み方には、合衆国が所有し大学が運営を行う形態や、合衆国と民間が共同で設立した研究所がNPOとして独立した形のものがある。

わが国においては「防衛」と研究機関の関係は、対災害システムの研究開発に限るとしても厳しい心の障壁があると言わざるを得ない。一つの考えは、民間のあるいはNPOの独立研究機関、例えば「対災害システム高等研究所」、として設立することではないだろうか。国が対災害システムの研究開発を目的に当初の設立を行い、民間かNPOに運営を委託する。運営費は国からの予算の他に、災害対策を立法化によって電力会社や大規模な化学プラント会社に義務づけ、その経費の一部をこの研究機関の運営に充てさせる。大学や国立研究所の研究者はこの機関との契約、あるいは兼業によって研究を実施する。防災対策のための研究開発に関しては事業者の他に自衛隊や消防との連携を密に行い、実施のために訓練も行うようにすべきである。「対災害システム高等研究所」は最先端の科学技術を応用した研究開発を行い、同時にこれに関わる人材を養成するために大学に隣接して設置することができるのが望ましい。


オピニオン:長期的な災害対策に向けた研究開発の取り組みについて(3)

中村仁彦・アンカーマン

(3)災害対策義務の法的整備

わが国では原子力災害の対策に関連する国家プロジェクトが、これまでに二度立てられた。一度目は1979年の米国のスリーマイル島の事故の4年後に始まった1983-1990年の「極限作業用ロボットプロジェクト」である。プロジェクトの期間中の1986年にはチェルノブイリ原子力発電所の事故が起きた。二度目は東海村の臨界事故の翌年の2000年度の1年間にSMERT-K、SMERT-M、SWAN、MARS-M、MARS-T、MENHIRの6台のロボットとその周辺設備が開発され検証された。電力事業者は、原子力発電は安全だとしてこれらを施設整備に含めることはなかった。国もこれらの開発成果を維持継続する長期計画をもたず、研究開発は一過性のものとなった。

また、1995 年1 月の神戸の震災を経験した後に、大規模災害の後の救助を目的にした「大都市大災害軽減化特別プロジェクト」(2002-2006年)が立てられた。しかし、研究成果が消防に引き継がれることはなく、プロジェクトが維持継続されることもなく終了した。活動は大学の研究者とNPO国際レスキューシステム研究機構によって継続されている。

米国では防衛予算の一部が基礎科学技術の研究にあてられている。ロボット研究でもいくつものブレークスルーがこのような支援を受けた研究から生まれている。iRobot 社は掃除ロボットのRoombaと同程度の規模で、Packbotを始めとした軍事用ロボットでも成功を収めている。手術ロボットのIntuitive Surgical 社は、戦場での医療技術として支援され成長したベンチャーでもある。Big Dogで有名なBoston Dynamics 社も軍事ロボットベンチャーとして出発した。米国の技術者の先見性とそれを取り込む産業と経済のスピードに学ぶべきものがある。と同時に防衛産業という市場が、とくに2001年の9.11同時多発テロ以降に、対災害システムとしての軍事ロボットを育てて来たことも事実である。対災害システムの市場は自然災害のみからは生まれなかった。自然災害に備える長期的な投資を市場原理が育てるというのは、難しいのかもしれない。

フランスは電力の75%を原子力発電でまかなっている。1986年のチェルノブイリの事故や1991年までのラ・アーグ (La Hague) 再処理工場の度重なる事故によって、原子力に対する安全性の問題が議論され、2006年の原子力安全透明化法に至った。

フランスにGroup Intraという企業がある。この企業は発電所を運営するフランス電力会社EDF (Electricity of France)、フランス原子力庁ECA (French Atomic Energy Company)、原子燃料サイクルを担当するAREBA NC (General Company for Nuclear Materials)の三者によって設立されている。1988年に10年の年限付きで設立され、現在は2013年までの延長されている。IntraとはIntervention Robotique sur Accidentの略で原子力事故の際に出動するロボットシステムを運営している。1日24時間態勢で通報があれば1時間以内に準備でき、設備は5時間以内に出動可能となり、24時間以内に全てのフランスの領内で最初の活動が開始でき、72時間以内に第2波の活動ができるとのことである。このための設備の維持と人員の訓練には多くの資源が費やされている。これを可能にしているのはフランスの原子力安全のための法的な整備である。

わが国で軍事産業の市場形成によって防災対策を生み出すのは考えられない。ならばフランスにならって、原子力や自然災害に対する法的な整備によって市場を形成することを考えるべきである。電力や化学プラント等の事業主による災害対策義務を明確にし、この実施を監視・検証する機関を独立性の高い行政機関として位置づけて設立することが必要ではないだろうか。


オピニオン:長期的な災害対策に向けた研究開発の取り組みについて(2)

中村仁彦・アンカーマン

(2)対災害システムと「防衛」

大規模な自然災害が起きた際の救助や救援の活動において、自衛隊の役割は大きい。自治体の境界を越えて、短時間で大規模な活動を実施できる組織は他にはない。自治体における消防や警察の役割は主に、日常の防災活動や対災害活動にあるが、大規模災害時の自衛隊の役割を兼ねることはできない。自衛隊の保有する特殊設備も大規模災害時の救助や救援に必要になる。大災害に対する科学技術システムを置くには、自治体を超えた国の機関に置いて災害の地域に応じて大規模に機動的に活動できることが望ましい。今後も自衛隊に対する対災害活動の役割が縮小されることはないと考えられる。

対災害のための科学技術を開発し災害に備えるためには、同時にこれを運用する組織との連携と、そこでの継続的な訓練が必要である。わが国の研究機関と自衛隊との間には、このような連携を困難にしている問題がある。自衛隊の設備に関しては、防衛省技術研究本部が「陸上自衛隊・海上自衛隊又は航空自衛隊が使用する車両・船舶・航空機・誘導武器及び統合運用に資する各種装備品から防護服に至る広い分野の研究開発」を行っている。大学が自衛隊の設備に関する研究開発に関わっている例は、おそらく現状では皆無である。

わが国の研究機関、とくに大学では「防衛」に関わる研究、すなわち軍事研究については厳しい自主規制が存在している。例えば、東京大学では1959 年に当時の茅誠司総長が「研究者が良識と良心、自主性のもとに平和研究を行うべき」と東京大学新聞において発言し、その後の東京大学の研究の指針になっている。このような軍事研究への姿勢はわが国のほとんど全ての大学において同様である。学術と平和を両立させようとする先学の決意は、今後も誇りを持って堅持されるべきであると信じている。しかしながら、大学において対災害のための科学技術を研究することになんらかの障壁があるとしたら、その問題に対する対応を考える必要がある。


オピニオン:長期的な災害対策に向けた研究開発の取り組みについて(1)

中村仁彦・アンカーマン

(1)はじめに

東日本大震災と津波、その後の原子力発電所の災害によって、いつでも世界のどこかで大規模災害が起こりうること、それに備えることの重要性をあらためて知ることになった。地勢的な特色によって、わが国は古くから地震、津波、火山噴火、台風、豪雪、豪雨などの自然災害に見舞われてきた。今回の災害の教訓を最大限に生かすために、科学技術の役割とそれを有効に活用するシステム作りを考えたい。

気象庁はわが国の過去の地震に関する被害状況を以下のWEBページでまとめている。( http://www.seisvol.kishou.go.jp/eq/higai/index.html ) この20年間のわが国の地震、火山噴火、さらに海外の地震、ハリケーン、テロ事件などの大規模な災害だけでも以下のようになる。

1991年 雲仙岳噴火
1993年 北海道南西沖地震
1995年 阪神・淡路大震災
2001年 アメリカ同時多発テロ事件
2004年 新潟県中越地震
2004年 インドネシア、スマトラ島沖地震、津波
2005年 アメリカ、ハリケーンカトリーナ
2005年 パキスタン北部地震
2007年 新潟県中越沖地震、柏崎刈羽原子力発電所の事故
2008年 中国四川省、文川地震
2008年 岩手・宮城内陸地震
2010年 チリ中部地震
2011年 ニュージーランド、カンタベリー地震
2011年 東日本大震災、津波、福島第一原子力発電所の事故

わが国では、治水事業、防災システム、建築基準法の整備等によって自然災害に備える努力をしてきた。これらの効果は今回の東日本大地震においても検証されている。しかしながら今回のような大震災では甚大な被害を避けることはできない、国の中で被災地とそれ以外の地域の境界線は不条理に痛々しくも明確に描かれる。被災地の内側の人々の苦痛だけでなく、それを目にする外側の人々の不安も存在している。大規模な事故やテロ等においても同様である。突然に起きた被災という現実に対する苦痛や不安を最小に最短にとどめることは、文明国家としてあらためて言うまでもなく第一の目標とすべきことである。安心・安全な社会の目標は災害や事故の起きにくい防災システムをつくることと、起きた場合の国民の苦痛と不安を最小にとどめる対災害システムを作ることにある。防災、対災の両システムにおいて科学技術の果たす役割は大きい。