原子力防災ロボット1980-2000(1)

原発事故とロボットプロジェクト

東京大学教授 中村仁彦

原子力発電所に関わる事故の歴史では、次の3つのものが重要なものである。

1979年3月28日 スリーマイル島原子力発電所事故 (wikipedia)
1986年4月26日 チェルノブイリ原子力発電所事故 (wikipedia)
1999年9月30日 東海村JCO臨界事故 (wikipedia)

原子力施設の防災支援を目的としてこれまでに日本で実施された2つのロボットプロジェクトにはは以下のものがある。

1983-1990 極限作業ロボットプロジェクト
2000-2001 原子力防災支援システム

スリーマイル島原発の事故を受けて、「極限作業ロボットプロジェクト」が企画されたと考えるべきであろう。その8年間のプロジェクトに期間中に、チェルノブイリ原発事故が起こったことはプロジェクトに関わっていたものに緊張感を生んだ。また、東海村JCO臨界事故を受けて「原子力防災支援システム」が急遽実施され、1年間で実証までこぎ付けたことは事故の衝撃の大きさを表している。

「極限作業ロボットプロジェクト」は”ロボットを総合的なシステムとして捉え、その実現に必要な要素技術を研究開発し、それらの成果を統合してある程度完備したロボットを実現しようとする試み”(文献1)として立ち上がった。プロジェクトには18社、2法人、2国立研究機関が参加し約200億円の研究費が充てられ(文献2)、次のような開発が行われた。
(1)原子力発電施設作業ロボット(原子力ロボット)
(2)石油生産支援ロボット(海洋ロボット)
(3)生産施設防災ロボット(防災ロボット)
文献2では、”TMIやチェルノブイリのような事故が起こる前に(起こってはならないが)実用ロボットを開発しておく必要があろう”として、さらに実用化に向けた取り組みが必要であることを指摘している。

「原子力防災支援システム」では(財)製造科学技術センターが国の補助を受けて2000年に開発を開始した。開発推進委員会を設置し、海外調査、ワーキンググループ活動などを実施し、開発目標を設定した。担当企業は公募され、1 年間で設計・製作を行い、翌年2001年3月22-23日に実証試験を行った(文献3,4)。文献3は、”東海村の事例では、終息処置を行うのにロボットを使おうといった動きもあったようであるが、実際には使われなかった。やはり緊急事態では、普段からそれに備えてトレーニングされた原子力防災専門家でなければ対応は難しいということであろう。”という指摘で始まっている。そして、”このシステムは24時間365日、何時でもどこへでも出動できる体制で整備をしておくことが重要である。ロボットも一般機械製品、電気製品と同じであり、必ずメンテナンスを行う必要がある。これを怠れば、「いざ」というとき使えない。さらに、今後ロボット技術高度化も進んでいくことからロボットの改善・改良も必要となる。また、ロボットの操作も常に練習しておかなければ技量を保つことは難しい。今回、ロボットのハードのベースは完成したが、引き続きこれをうまく活用する運営・体制などのソフト面での整備を早急に進めることが重要である。”と結んでいる。

[1] 平井成興,「極限作業ロボットプロジェクト」特集について, Vol.9, No.5, p.61, 1991.
[2] 高野政晴,  極限作業ロボットプロジェクト,  Vol.9, No.5, p.74, 1991.
[3] 間野隆久・濱田彰一, 原子力防災支援システムの開発, Vol.19, No.6, pp.38-45, 2001.
[4] 濱田彰一・間野隆久, 欧米における原子力防災ロボットの調査報告, Vol.19, No.6, pp.2-8, 2001.
[5] 財団法人製造科学技術センター, 平成11 年度原子力防災支援システム開発補助事業成果報告書, 2001年8月.



コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中